松江地方裁判所 昭和25年(ワ)148号 判決
原告 村上義一
被告 境由友
一、主 文
被告は原告に対し、被告が昭和二十五年十二月二日松江市古志原町百三十七番地所在木造瓦葺平家建居宅一棟此建坪十坪五合より撤去した赤瓦(二級品)千五百枚を返還せよ。
被告は原告に対し金一万円の支払をせよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第二、第四項同旨及び「被告は原告占有中の主文第一項記載の家屋に立入つてはならない。被告は原告に対し被告が昭和二十五年十二月二日右家屋より撤去した赤瓦(二級品)千七百枚を返還せよ」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次の通り述べた。
(一) 原告は昭和十六年五月以来被告より主文第一項記載の被告所有家屋(以下本件家屋と略称する)を賃借し、これに妻及び子供五人と共に居住し、松江市役所に勤務していた。
(二) 被告は昭和二十四年七月頃より原告に対し、何等正当の理由なく本件家屋の明渡を強要したが、原告は住宅払底の実情を述べて、適当の転居先の見付かるまで明渡の猶予を懇請して来た。
(三) しかるに、被告は昭和二十五年十二月二日原告の出勤不在中、多数の人夫を伴つて原告方に来り、人夫等を指揮して本件家屋の屋根瓦千七百枚(赤色、二級品)を取除き、これを持去つた。
(四) そして、被告は現にその邸内及び畑地内に右屋根瓦全部を保管占有している。
(五) 以上の通り、被告は不法に原告の右屋根瓦に対する占有を侵奪したのであるが、原告は被告の右不法行為により次の通りの損害を被つた。
(イ) 原告は被告の右不法行為により甚大な精神的苦痛を被つた。すなわち、原告の長女(目下松江電話局勤務中)は、夕方帰宅して変り果てた本件家屋を見るや「死んでしまいたい」と泣き叫び、これを見た原告は妻と相擁して泣き、その夜は原告一家は一睡もし得なかつた。その後においても、原告の妻はこれを苦にして食事ものどを通らず、遂に神経衰弱症となり、原告はその介抱と慰撫のためしばしば夜を徹することが少くなく、心労を重ねている。また降雪期をひかえて、原告は家族と共に瓦のない屋根の下に住むことになりその不安苦痛は甚大である。更に、原告は被告の不法行為により、社会に対する信用も失墜し、精神上の苦痛を受けた。以上原告の被つた精神上の苦痛に対する慰藉料は、現在の経済情勢等に照して、金五万円を相当とする。
(ロ) 被告より、その撤去した瓦の返還を受けても、その瓦を本件家屋の屋根に葺き直す必要があるが、右葺き直しの費用は一坪当り金二百七十円を要し、本件家屋の屋根坪は三十坪であるから、結局金八千百円の費用を要することになる。
(ハ) 被告の右瓦撤去により、本件家屋の台所の上に雨漏りを生じ、その復旧のためには金八百円の費用を要する。
(ニ) 右瓦撤去により、本件家屋の床、椽、庭等に泥土がおびただしく落ち、これを掃除するのに延四人分の労力を要したが、労賃を一人一日金二百五十円として、その費用は金千円となる。
(ホ) 原告方の漬物に泥土が入り、食用に堪えなくなつたが、その廃物となつた漬物の時価は金三百円である。
(ヘ) 原告方のミシンの重要部分たるカマに泥が入り破損したが、その修繕費用は金三百円を要する。
以上の金額は、すべて被告の右不法行為により原告の被つた損害額であるから、被告は原告に対しこれを賠償する義務がある。
(六) 更に、被告は右瓦を不法に撤去した後にも、原告の占有する本件家屋に侵入して、原告の住居の平安を害し、原告の占有を妨害する虞がある。
(七) よつて、原告は被告に対し、本件家屋及び前記屋根瓦に対する占有権に基き、被告が本件家屋に立入ることを禁止し且つ前記瓦千七百枚の返還を求め、右不法行為を理由として、前示損害金中金一万円の支払を求めるため、本訴に及んだのである。
(八) 被告主張の抗弁事実はこれを否認する。
被告は昭和二十四年八月中原告及び本件家屋の隣家の居住者森山繁吉に対し、本件家屋及び隣家の瓦を取除く旨申出でたが、原告及び森山は、これを拒絶し、「瓦が必要であるならば、被告の必要数約千五百枚の瓦を二人で購入して被告に提供しよう」と言つたところ、被告は右申出を一蹴し去つた。原告等は借家人の弱い立場上止むなく「それでは私等も至急家を探してみるからあなたの方でも御尽力願いたい、瓦の事はそれまで猶予して貰いたい」と言つて別れたものであつて、原告は本件家屋の屋根瓦の撤去を承諾したことはない。
被告訴訟代理人は本案前の抗弁として次の通り述べた。
原告は本訴提起後、昭和二十五年十二月二十五日の口頭弁論において、「被告は原告に対し原告占有中の本件家屋に立入つてはならない」との請求を追加したが、右訴の変更は請求の基礎を変更したものであつて、不適法であるから、右請求は却下せられるべきものである。
次に、本案につき「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次の通り述べた。
原告主張事実中、(一)、(三)は認める、その余の事実はすべてこれを否認する。
(一) 原告は昭和十六年五月七日米子煙草専売局より退職し帰郷して来たが、住宅がなかつた為、被告は原告に対し、原告の二男勝彦出生までの一時の約束で本件家屋を貸与し、従つてその家賃は本件家屋に対する租税に相当する程度の僅少の金額の支払を受けて来た。元来、被告は本件家屋を被告方の納屋として使用する考を持つていたので、終始原告に対し本件家屋の明渡方を請求していた。
(二) 被告は昭和二十一年中訴外三島猪之助より屋根瓦約千五百枚を借り受けていたところ、三島は昭和二十四年八月頃被告に対し右瓦の返還を請求したので、被告は三島に対しこれを昭和二十五年八月に返還することとなつた。そこで、被告は昭和二十四年八月原告に対し、右の事情を告げ、右返還用の瓦にあてるため本件家屋の屋根瓦を翌年八月に取除くことを申出でたところ、原告もこれを承諾した。
(三) 原告は昭和二十五年七月初旬に至り被告に対し右瓦の取除きの延期方を求めて来たので、被告は前示三島と交渉し、同年九月より十月までの秋日和の間に本件家屋の屋根瓦を撤去する旨を原告に対し通告した。ところが、原告は意外にも前年の約束を無視して、瓦の取除を承諾しないので、被告は同年九月十七日原告に対し、乙第一号証と同一内容の通告をなしたところ、原告は止むを得ないことと考えて他に移転する考になつたらしく、被告に対し「原告も探すが、被告も貸家を探して呉れ」と申出たので、被告は松江市奥谷町に適当な転居先を見付け出し、原告に通知したところ、原告はこれに対し何等の回答もしなかつた。そこで被告は、かねての約束通り、本件家屋の屋根瓦を取除くことを決意し、同年十二月二日これを実行したのである。
(四) 右瓦の除去に当つては、被告は屋根専門の人夫郷原丈一を使用し、同人に特に雨漏りのない様に修復するよう注意し、同人は十分注意を払つて工事をしたから、瓦の除去後に雨漏りの生ずる筈はない。また被告は右瓦除去の際、屋根の曾木を葺直す考えで、同年十月十五日熊野村農業協同組合に曾木を注文して置いたけれども、降雨続きのため、遂に葺直すことができなかつた。
(五) 以上の様な次第で、被告は原告の承諾に基き屋根瓦を除去したものであつて、原告をして本件家屋を明渡させる目的でこれをなしたものではない。また、本件家屋は瓦葺きでなければ居住できないわけではない。本件家屋は最も近い隣家からも十数間離れていて、曾木葺になつたからと言つて火災延焼の危険が生ずるわけはなく、附近にも藁葺や曾木葺の家屋が沢山あるのであるから、本件家屋の屋根瓦を除去した為に、原告が精神上苦痛を被る筈はない。被告は原告に同情して特別に安い家賃で本件家屋を賃貸して来たのだから、屋根瓦が取除かれたと言つて原告が腹を立てるのは、原告の我儘である。従つて、被告の行為が不法行為を構成しないことは明白であつて、原告の慰藉料の請求並びにその余の損害の請求はすべて理由がない。
(六) 被告は本件家屋及びその隣家の屋根瓦合計二千五百六十一枚を取除き、その内二千枚を前記三島猪之助に返還し、被告方には五百六十一枚が残存しているが、その内三十枚は破損し、二百七十枚は役瓦であるから、被告の保管している普通瓦は約二百六十枚に過ぎない。
(七) 被告は原告の住居の平安を妨害したことはなく、またそのような事をするおそれもないのであるから、原告の占有保全の請求も、失当である。
<立証省略>
三、理 由
先ず、被告の本案前の抗弁について判断する。
原告は昭和二十五年十二月七日付本件訴状において、「被告は原告に対し原告が現に住家として占拠し居る本件家屋に対する屋根全域にわたりその取除かれたる瓦を即時敷設して完全なる住家の屋根とすべく構造を回復せよ。被告は原告に対し損害金として金五万円の内金一万円を支払うべし。」との判決を求めていたが、同月二十五日の第一回口頭弁論期日において新に、「被告は原告占有中の本件家屋に立入つてはならない」との判決を求め、その請求を拡張し訴を変更したものである。しかし、最初の原告の本訴請求は、原告の本件家屋に対する占有権に基き、本件家屋中屋根瓦の部分に対する占有侵害について救済を求めるものであり、右請求の拡張に係る部分は、原告の本件家屋に対する占有権に基き、占有保全の訴により、被告が原告の本件家屋に対する占有を妨害することを予防せんとするものであるから、右請求の拡張は請求の基礎を変更するものではない。また、右請求の拡張は第一回口頭弁論期日においてなされたものであつて、何等訴訟手続を遅滞せしめるものでないことは明白である。従つて、右請求の拡張は適法であつて、被告の抗弁は理由がない。
そこで、原告の瓦の返還請求について判断する。
原告が昭和十六年五月以来被告より被告所有の本件家屋を賃借し、これに妻及び子供五人と共に居住していること、並びに被告が昭和二十五年十二月二日本件家屋の屋根瓦千七百枚(赤色、二級品)を取除き、これを持去つたことは当事者間に争がない。
被告は、右瓦の撤去については原告の承諾を得ていると主張するので、考えてみるのに、証人森山繁吉、村上静子、三島猪之助の各証言及び原、被告各本人訊問の結果によれば、被告は昭和二十一年春頃訴外三島猪之助から赤瓦千五百枚を借受け、被告の新築した納屋の屋根瓦に使用したところ、昭和二十四年八月頃三島より右瓦の返還を請求せられたので、被告はその頃本件家屋の賃借人たる原告及び本件家屋に隣接する被告所有の家屋の賃借人たる森山繁吉に対し、本件家屋及びその隣家の屋根瓦を取外して、これを三島より被告の借受けた瓦の代りに返還するから昭和二十五年八月までに、それぞれ右家屋を明渡すよう要求したこと、原告及び森山は借家人の弱い立場から、被告の要求に対し、転居先を探して出るから、それまでは待つて呉れるよう懇請したこと、その後原告は転居先を探していたが、適当な住居の見付からないうちに昭和二十五年の八月も過ぎたところ、被告はいよいよ三島に瓦を返還しなければならないことになり、昭和二十五年九月十五日原告に対し乙第一号証の如き書面を以て同年十月十五日までに本件家屋の屋根瓦を取除くことを通告したこと、そこで原告は被告方に赴き、家さえあれば何時でも出るから、転居先の見付かるまで瓦の取除を待つて呉れるよう依頼したこと、その後同年十一月下旬森山繁吉は他に家を買求めてこれに転居したので、被告は同年十二月二日原告の留守中にその承諾を得ることなく、本件家屋の屋根から赤瓦(二級品)約千七百枚を隣家の屋根瓦と共に取除き、これを被告方に持ち帰つたこと、以上のような次第で、原告は昭和二十四年八月頃被告より本件家屋の屋根瓦を取除くことを理由として本件家屋の明渡を要求せられ、その猶予を求めた事実はあるが、原告において被告に対し昭和二十五年八月限り本件家屋を明渡すことを承諾し、或は本件家屋の屋根瓦の撤去を承認した事はないことを認めることができ、乙第一号証及び証人三島猪之助、金山トヨ子の各証言によつては右認定を左右し難く、また証人原嘉次郎、被告本人訊問の結果中右認定に反する部分は信用できない。
原告は本件家屋の賃借人として右屋根瓦も占有していたものであるから、被告は不法に右占有を侵奪したものであつて、その奪い去つた屋根瓦中現に被告において占有するものは、これを原告に返還すべき義務のあることは明白である。
証人三島猪之助、芦原義範の各証言、原被告本人訊問の結果、並びに検証の結果を綜合すれば、被告は本件家屋及び隣家の屋根より取除いた瓦の内千五百枚を昭和二十五年十二月中三島猪之助に引渡し、現に被告方の邸内及び畑地内に瓦千五百枚を保管していることを認めることができる。もつとも、右千五百枚の瓦全部が果して本件家屋の屋根より撤去したものであるか或はその中に隣家の屋根より撤去せられたものが含まれているかについてはこれを明白ならしめるに足る証拠がないけれども、その立証を原告に求めるのは不可能を強いることゝなるから反対の立証のない限り、右千五百枚の瓦は本件家屋の屋根より撤去せられたものであると推定するのを相当とする。
然らば、被告は原告に対し右赤瓦(二級品)千五百枚を返還する義務があるわけである。
次に、原告の損害賠償の請求について判断する。
原告は本件家屋をその所有者たる被告より賃借しているものであり、本件家屋の屋根瓦の所有権は被告に属するわけであるが、前示の通り被告において、賃借人たる原告の承諾なしに、故意に原告の右屋根瓦に対する占有を侵奪した以上、右被告の所為が原告の右占有権に対する侵害として不法行為を構成することは明白であつて、被告はこれがために原告の被つた損害を賠償すべきものである。
原告本人訊問の結果により成立を認めうる甲第一号証、証人村上静子の証言、原告本人訊問の結果、及び検証の結果によれば、前示の通り被告が原告の承諾なしに本件家屋の屋根瓦を取除いたので、原告の子供等は自分の住居の変り果てた姿を見て嘆き悲しんだため、原告は父親として大きな精神的苦痛を受けたこと、原告の妻もこのことを苦にして食事もろくにのどを通らず、遂に神経衰弱症にかゝり、原告はその介抱と慰撫に心労していること、本件家屋の屋根瓦の下の曾木葺はすでに古くなつて相当痛んで居り、所々に雨漏りの箇所があるのみならず、暴風雨によつて容易に破損する状況にあるので、風雨、風雪の多い冬期をひかえて原告は住居の不安に脅えて、多大の精神上の苦痛を被つたことを認めることができる。そして右に認定した事実及び原告は被告より恩恵的に極めて安い賃料で本件家屋を賃借して来たとの被告本人訊問の結果により認めうる事実並びに弁論の全趣旨に徴するときは、被告の右不法行為により原告の被つた精神上の苦痛に対する慰藉料の額は金一万円と定めるのを相当とする。
従つて、原告主張のその余の損害の有無について判断するまでもなく、被告に対し右不法行為の損害賠償として金一万円の支払を請求する原告の請求は正当である。
最後に、原告の被告に対する本件家屋の立入禁止の請求について判断する。
原告は、被告が原告の本件家屋に対する占有を妨害するおそれがあると主張するけれども、右主張事実を認めるに足る何等の証拠も存在しない。従つて、原告の右占有保全の請求は理由がない。
然らば、原告の本訴請求中、被告に対し、被告が昭和二十五年十二月二日本件家屋より撤去した赤瓦(二級品)千五百枚の返還並びに金一万円の支払を請求する部分は正当であるから、これを認容し、その余の請求は失当としてこれを棄却し、民事訴訟法第八十九条、第九十二条但書、第百九十六条を適用して、主文の通り判決する。
(裁判官 松本冬樹)